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武田家3代の詰城「要害城」 戦国期の山城の様相を今に伝える天然の要害 

要害城跡が残る要害山

つつじが崎の居館とセットで築かれた詰城

武田信虎がつつじが崎に居館を築いたのは1519年。翌年1520年に居館から北へ3キロ程行った所に危急の際に立て篭もる為の詰城として築かれたのが「要害城」です。
この頃は駿河の今川勢が頻繁に甲斐国へ侵攻してきた時期で、1521年には「飯田河原の戦い」があったといわれており、まさに現在の甲府の中心部から西へ2キロほどいったところまで攻め込まれたことになります。今川勢福島正成が率いる1万5千人の大軍を信虎は2千余人でこの戦に勝利したといわれています。
その戦いの最中に要害城で武田信玄が誕生しました。

要害城跡の主郭にある石碑。「武田信玄公誕生之地」と刻まれています。

主郭までは30分ほどで登ることができます。入口には「史跡 要害山」の石碑がありマップや説明文があります。

登山道入口に建つ石碑
いよいよ要害山の中へ入っていきます
史跡境界の杭
案内看板が有難い
曲輪跡
不動曲輪⁉︎
これは見事なお不動さん
やっとこさ主郭部分へ到着
信玄公誕生の石碑横にある山梨百名山の証

曇り空でしたが蒸し暑い日だったので、けっこう汗をかきました。主郭部は広くて創造していた感じでした。たまたま木々の間から遠くの景色を見ようとしたら、「おっと、富士山だ!」

主郭部から見る富士山

まさか富士山が見えるとは思っていなかったのでちょっと感動。
500年前も同じように富士山を望むことできたことでしょう。

門跡の石垣
野面積み?

本丸跡が770mなので気軽に登ることができると言えますが、途中それなりに険しい部分もあるので足腰に自信のない方は無理しない方がいいかもしれません。
また今回はうっかり、“諏訪水”といわれる井戸跡を身損ねてしまったのが残念!次の機会に!

要害山 
 甲府市上積翠寺町984
 甲府駅北口からバスで15分
 ホームページhttps://kofu-tourism.com/spot/54

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時速500kmがもたらす次世代体験‼︎超電導リニアに試乗 in リニア見学センター

超電導技術が革新的なスピードを成し遂げた

山梨県にリニア実験線ができたのが1997年。その後延伸されて現在は総延長42.8kmとなった「山梨リニア実験線」。
これまで試乗した人に話は聞いていましたが、今回リニアに試乗する機会を得ることができたので乗ってきました。
リニア実験線はほとんどがトンネル内を走行するため、外部にその姿を見せるエリアは限られています。これまで1度早いスピードで走行しているのを見たことがあるくらいで、あとはゆっくりした速度で地上に出てきて走行しているのを数回見たことがある程度でした。

搭乗施設へ向かうと体験乗車会場の案内が…

山梨県都留市にあるこのリニア実験線施設。観光用としては「リニア見学センター」という施設があり、「どきどきリニア館」と「わくわくやまなし館」という2館がありますが、試乗はこことは別に試乗専用の建物がありそこへ向かいました。
案内された大きな部屋にはリニアに関する各種説明資料が壁に掲出してあるので時間まで自由に見て、その後搭乗前のガイダンスが始まりました。

搭乗前の映像によるガイダンスの様子
リニアが世界最速記録を出した際のギネス認定証が飾られている

いよいよリニアに搭乗。 ドキドキ‼︎

車両搭乗のゲートはさながら飛行機へ搭乗する感じです。各号車ごとにゲートがあって気分も盛り上がります。
車内はシートが向かい合う作りになっていて初めは疑問に思いましたが、現状は行ったり来たりを繰り返す実験線なので反対側に座り直せば常に進行方向を向いて乗車できるため対面座席になっていることが分かりました。


期待と共に車両が動き出すと、150kmに達するまではタイヤ走行なので振動もありますが、浮上すると振動が消えるのがはっきり分かります。とはいってもやはり500kmでの走行、思っていたより浮上後の振動が感じられました。またトンネル内での走行でもあり走行音もそれなりに聞こえます。(もちろん飛行機ほどではないですが)座席には収納タイプの小型テーブルやUSBポートも付いています。

時速500kmに達した際の車内モニター
座席の肘掛けに付いているUSBポート

あとで分かったのですが、本格営業を目指しあえて高低差やカーブをつけて実験線を作ったとのことです。乗車しているとほとんどモニターで外部の様子を見ているのでそこまで分かりませんでした。
降車後はリニア車両をガラス越しに間近で見れる場所へ通されて記念写真を撮ったりできました。

ノーズが異様に長いL0系改良型試験車
車両側面

試乗が終わり次は外部から走行しているリニアを見るため「どきどきリニア館」へ向かいました。そこでは超電導の技術的説明やリニア中央新幹線としての紹介映像、ジオラマなどがありまた磁気浮上が体験できるミニリニアなどがあります。また旧タイプの実験車両も展示されていて車内に入って見ることもできました。


リニア走行を見学できるのはこの「どきどきリニア館」3Fでガラス越しに、そして外へ出て見ることもできます。(但しネットが張ってありますが)ちょうどリニアがトンネルから出てくる場所なので近づいてくると音でわかります。また通過する際、建物の振動も結構感じました。

実際に高速でリニアが通り過ぎる映像です。
(映像1)

トンネル内から出てくる様子。

(映像2)

目の前を通過。
停車するところ。

試乗を終えて

今回運良く抽選で試乗体験が当たり乗車できました。
時速500kmで簡単に移動できたら日常的に、また経済的にも社会に大きな変化をもたらすでしょう。現在の新幹線ですらその移動の速さにある種「魔法の乗り物」という感じがしていますが、さらに大きく上回る速さ。東京〜名古屋間が最速40分ですから驚異的です。開業予定は2027年ですが、そのためにはまだ乗り越えなくてはならないハードルもあります。「超電導リニア」といわれる日本固有の革新的技術が実用化され世界に誇れる日が来ることを心待ちにしたいと思い見学センターを後にしました。

山梨県リニア見学センター
 山梨県都留市小形山2381
  (JR中央線大月駅からバスで15分)
ホームページ:https://www.linear-museum.pref.yamanashi.jp/index.html

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ついに始まる!甲斐善光寺は7年ぶり令和初の御開帳!本尊「阿弥陀三尊像」に祈りを捧ぐ。

7年に1度の御開帳が1年延期され4月3日から開催中

甲斐善光寺の御開帳は長野の善光寺と合わせ7年に1度実施されているのですが、新型コロナの影響で昨年春に開催できず、1年遅れての御開帳となりました。
山門には“御開帳”の横断幕が貼られ、境内には「回向柱」(えこうばしら)が立てられて気分も高揚します。

境内に立てられた回向柱

回向柱はご本尊の右手と「善の綱」で結ばれているので、柱に触れることでご利益があるとされているのですが、うっかり触るのを忘れてしまって・・・残念!

何度も訪れたことのある善光寺ですが御開帳時に訪れるのは初めて。500円支払って本堂へ入り「阿弥陀三尊像」を拝ませていただきました。残念ながら写真撮影は禁じられていて撮れませんでしたので参考に読売新聞オンラインの写真でご覧ください。

阿弥陀三尊像(参照:読売新聞オンライン)

まさしくありがたいお姿です。
今回の御開帳に合わせ観光バスで来られた団体様も見受けられ、徐々ではありますが観光も回復の気配が感じられ嬉しい限りです。といっても新型コロナは変異を続けているのでまだまだ安心はできません。コロナの早期の収束を祈り、善光寺を後にしました。

本堂入口
本堂から眺める山門

甲斐善光寺
  山梨県甲府市善光寺3丁目36−1 
JR身延線「善光寺駅」から徒歩7分
ホームページ:http://www.kai-zenkoji.or.jp/index.html

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華光院(けこういん) 真言密教の極み「火渡り祈願祭」が3年ぶりに開催!無病息災と世界平和を祈願

甲府市の真言宗寺院である「真如山華光院良林寺」で3年ぶりに春の大祭である「火渡り祈願祭」が4月10日に開催されました。
噂には聞いていましたが、実際に見るのは初めて。
この華光院は武田信虎公が甲府のつつじが崎へ館を移した後、紀州から本尊「三宝荒神」を勧請しお堂を建てたのが始まりで、信玄公が現在の場所に移し寺名を名付けたと言われるので500年もの歴史があることになります。


10時過ぎに到着するとのぼり旗も上がり、境内には柴燈護摩壇が設置され、また露店も多く出店していてお祭り気分も高まります。

三寶大荒神ののぼり旗
境内に設置された柴燈護摩壇
露店が立ち並ぶ
お子様に人気だった魚つりゲーム

大勢の人が見守る中で、様々な儀式が行われていきます。初めて目の当たりにすると真言密教の神秘性を感じます。

山伏姿で入場する僧
弓を放つ法弓(ほうきゅう)という儀式

想像していたよりはるかに燃え盛る炎の中へ入っていくのに驚きです。

勢いよく火がついていく
火渡りを始める導師

華光院には「太子堂」という歴史を感じさせるお堂があるのですが、これは甲府城の本丸(天守台下)にあったものを1724年に移設したものです。甲府城建築物としては唯一現存するものなのでとても貴重で興味深いです。

華光院の“太子堂” 甲府城にある時は“毘沙門堂”と言われていたようである。
桜に映える太子堂
“甲府七福神めぐり”で毘沙門天を祀る

これまで“火渡り”はテレビやYouTubeで見たことはあったのですが、実際に見ると思っていた以上の迫力でした。
一般の人も炎が落ち着いてから渡ることができ、無病息災、そして各人それぞれの願いを祈って老若男女を問わず大勢の方が“火渡り”をしていました。

一般の方の火渡りの様子
遠くから見た華光院。煙が立ち昇っている

華光院 
  甲府市元紺屋町33 
  JR中央線甲府駅北口から徒歩20分
関連ホームページ:https://kofu-tourism.com/spot/381

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鎌倉殿の13人 The 13 Lords of the Shogun 全国巡回展 in 甲府

NHK甲府放送局

鎌倉殿がやってきた!NHK大河ドラマ全国巡回展

毎週放送を楽しみにしている人も多いNHK大河ドラマ。小栗旬が主演の「鎌倉殿の13人」の全国巡回展がNHK甲府放送局で開催されています。館内では出演者やドラマ解説のパネルが展示されているほか、小栗さんの挨拶映像や作者三谷幸喜さんがドラマ説明を面白おかしく語っている映像もあります。

歴史説明パネル
ドラマイメージパネル
主要出演者パネル

VRで北条の館を360度見渡せる!

VRによる撮影場所を体感

展示スペースの一角にはVRによる北条館などの撮影現場を味わえる設備があります。が、イマイチ扱い方が分からず天地が逆になってしまったり…(やり方が下手なだけなんですが…)
でも、こういった機器があると写真パネルだけよりはリアリティを感じることができていいと思います。

撮影オープンセットは実際の北条館跡の近くにある!

通常こういったオープンセットは実際の場所から離れたところに作製されるパターンが多いと思いますが、この北条館オープンセットは伊豆の国市の北条館跡からほど近い場所に建設されているとのこと。これは是非行ってみたい!

ところで “13人” って誰なの?

三谷幸喜さんが映像でドラマの説明をしているのですが、相変わらず面白かったです。
13人を覚えるには上の写真のとおり「ひかわなにお ほほはあみあみ」だそうです。(頭文字を覚えてもその後の名前の続きが出てこないなぁ…)
また三谷さんの北条家の説明がウケました。
北条家をサザエさん一家になぞらえて、「サザエ(政子)とカツオ(義時)が結託してマスオ(頼朝)が死んだ後、波平(時政)を家から追い出したと。(笑)

出来れば甲斐源氏棟梁の武田信義についてもう少し紹介があればよかったのですが…、致し方ないです。
これからドラマは益々面白くなるでしょう。個人的には承久の乱の際の北条政子の演説場面を楽しみにしています。

左が義時(小栗旬)、右が頼朝(大泉洋)が実際に着用した衣装

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」公式HP
https://www.nhk.or.jp/kamakura13/

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山梨・北杜市で見つけた絶品そば処「そばICHI」‼︎センスのある古民家で日常を離れる!

韮崎から清里へ抜ける国道141号線から外れて細い田舎道を行くとその蕎麦屋はありました。事前に調べた上で行かなければ辿り着けない蕎麦屋、と言えるでしょう。しかも車を駐めるにも本当にここを進んで行って大丈夫なのだろうかと不安がよぎります。
それ程まで蕎麦屋の概念を覆した「そばICHI」。味、雰囲気とも感動を覚える店です。

駐車場から店を望む
建物に沿って歩き入口に向かう。
「そばICHI」店入口

駐車場からは建物反対側の入口まで歩くのですが、まさに一昔前の田舎の庭を歩く感じ。所々に店内での注意事項などが貼られていて不安を覚えながら入口に着くとすぐに店の女性の方が優しい声で店内へ案内してくれました。
入ってびっくり!「蕎麦が準備できるまでこちらの部屋で本を読んでお待ちください」とのこと。蕎麦食べる前に控室に案内されそしてその控室が古民家にマッチしたセンスのいいオブジェで装飾され、所々に本と椅子が配置されていました。

平日で空いていたこともあって15分ほどで呼ばれ、食事するスペースへ案内されていくとこれまたセンスの良さを感じる空間が待っていました。ここだけ見れば蕎麦屋とは思えないでしょう。
この中にいる間は、スマホやPCなどから離れゆっくり本でも読んで心を落ち着けて美味しいそばを味わって欲しい、というオーナーの考えが伝わってきます。

外の景色を見ながら食べれるのがいい!
控室と同様、本が所々置かれている
食事スペースもデコレーションセンスあり

ちなみにこの「そばICHI」の蕎麦は2種類のみ。「素揚げ野菜のおろしそば」と「揚げ野菜のとろろそば」。
入店時に「おろしそば」を注文しておいたので、少しの間を置いて料理が出てきました。

素揚げ野菜のおろしそば

県内で味に定評ある蕎麦店で「素揚げ野菜の蕎麦」を食べたことがありましたが、それを上回る美味しさでした。
金額は税込1,760円で正直高めです。しかし古民家をセンスよく装飾して、様々な本を並べることでくつろぎ感を与えてくれる、そんな通常では体験できない店づくりを考慮すれば決して高くないと思いました。
コロナ禍で窮屈な生活が続く中で、久しぶりに感動体験ができました。

そばICHI … 山梨県北杜市高根町箕輪1830
参照:食べログhttps://tabelog.com/yamanashi/A1902/A190201/19004896/

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宮沢賢治の作品の原点 「銀河鉄道の夜」、「風の又三郎」の舞台を訪ねて

風の三郎社

宮沢賢治の作品の舞台が山梨に!

以前、甲府に関係する作家で“太宰治”を紹介しました。今回は甲府の西隣に位置する北杜市及び韮崎市に“宮沢賢治”の作品に関係する場所を探ってみました。
というのもたまたま賢治の「風の又三郎」に関係するのでは?というスポット、その名も「風の三郎社」という神社があることを耳にしたためです。さらに「銀河鉄道の夜」の舞台ではないか、という場所もあることを知り、ますますその気になりました。

賢治は山梨には来たことがない!?

だが、そもそも岩手県出身の宮沢賢治は山梨県には来たことがないようである。ではどうして? これには韮崎市出身の“保阪嘉内”が関係しているのでは?ということです。嘉内と賢治は盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部)の寮で同部屋であったそう。その際、嘉内から故郷山梨の話を幾度と聞き、その話から情景を思い浮かべ、想像を膨らまして書いたのでは?とも考えられます。
ということで先ずは「風の三郎社」を訪れて見ました。

同人誌「アザリア」のメンバー。後列右が賢治で左が嘉内

270年程前から伝わる「三社参り」という風習が・・・

北杜市高根町清里に「三社参り」という風習があることが分かりました。この地域は“八ヶ岳おろし”といって冬は八ヶ岳から強い風が吹き下ろすため、“風切り”と呼ばれる防風林があります。まさしく「風の又三郎」に関係していそう、という感じ。
先ずは三社のうち「権現神社」といわれる神社を目指しましたが、何日か前に降った雪が残っていてたどり着けそうもなくあえなく断念。(中心ともいうべき神社なので残念‼︎)
次に「日吉神社」を訪ねました。近くなのですぐ分かりました。

最初にある鳥居。さらに奥には木造の鳥居が見える。

残雪がある畑の傍を抜けて歩いて行くと石でできた鳥居があり、さらにその奥には木製の歴史ある鳥居が見えました。そこには1000年近く経つのではという大きく立派な杉の木が階段両側にあり驚愕。成長する過程で参道の階段を根が押し上げたせいか、石段がうねっていて歩きづらいことこの上なし。階段には雪が無かったのが幸いでした。

立派な杉の木。石段がうねっている。
社殿は質素な作りですが、歴史が感じられるものでした。

続いて三つ目の「風の三郎社」へ。まさしく風の又三郎を匂わす神社。だがここからが困難を極めました。近くまでは車で行けるのですが、どこにあるのかさっぱり分からず。地元の方々に尋ねると決まって最初に行くはずだった「権現神社」を案内するのです。そんなこんなで行ったり来たりしているうちに狐につままれたのではと思う次第。ダメ元で駐車していた若い女性に尋ねたところ、知り合いに電話で聞いてくれて風の三郎社まで案内してくれました。まさに感謝感激!その女性にこの辺りの出身か尋ねると、なんと岩手県出身で数ヶ月前に山梨に来たばかりとのこと。なんという巡り合わせでしょう!ちょっと神がかり的な偶然に驚きと感動を抱いて風の三郎社へ到着出来ました。

残雪も邪魔して神社位置が分かりづらい
歴史が感じられる古い鳥居
赤い屋根の小さな祠。風の三郎社
風で祠が飛ばされないよう石を重しに!
周囲に鹿らしき足跡。鹿もお参りに来た?

思っていたより正直小さなものでしたが、小さいながらも趣のある神社で心を和ごましてくれました。
この辺りは防風林があるほど風が強い地域。嘉内がそんな話を賢治にしたところから「風の又三郎」ができたのだとしたら・・・
しばし感慨にふけり、風の三郎社をあとにしました。

「銀河鉄道展望公園」という場所がある!

さて、次に訪れたのは韮崎市にある「銀河鉄道展望公園」。なんかそれらしいものが道路沿いにあることは以前から認識していましたが、あらためて行ってみました。
ちょっとした小さな展望台ですが、韮崎市も観光スポットとしたいようで細かな案内看板が設置されていました。
元々は観光で近くのペンションに宿泊した女性がこの場所から見る夜景から「銀河鉄道の夜」を連想したことに始まったそうです。たしかにこの場所は保阪嘉内の実家から遠くない場所。嘉内が賢治にここからの夜景を何度となく話し、そこからこの作品が生まれたのかも、と思わせる場所ではあります。
ただ今回は昼に行ったので、やはり夜に行ってみないと実感が湧きません。昼だとどこが線路なのかも分からない始末・・・

銀河鉄道展望公園からの景色。
詳細に書かれた説明板。

公園の隅には親切に中央線の電車が通過する時間が書かれた看板が設置してあるので、その時間に合わせて見ていれば“銀河鉄道”が現れることでしょう。
(当然夕方からの時刻が書かれています)

公園に設置された案内板

この案内看板に面白いことが記載されています。中央下部に「ハレー彗星」と書かれていますが、保阪嘉内が甲府中学時代に南アルプス上空をハレー彗星が流れているスケッチを描き、「まさに夜行列車のようだ」と書き記していて、賢治もそのスケッチを見ており、それをもとに後に書き上げたのが「銀河鉄道の夜」では?とのこと。
様々な推測ができて、それがある意味楽しくもあり、機会あればさらに宮沢賢治作品のルーツを探ってみようと思います。

関係するホームページ(ご参考)
 ◉風切りの里「三社参り」
 http://yatsu-genjin.jp/suwataisya/jinja2/3syamairi.htm

◉銀河鉄道展望公園
 https://www.nirasaki-kankou.jp/kankou_spot/kouen_bijyutsukan_shiryokan/kouen_teien/4332.html

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“厄地蔵さん”で知られる「塩澤寺」 山梨に春をつげる、厄払いの願いを聞き届けてくれる祭礼

弘法大師、そして空也上人によって開かれた歴史ある寺院

福田山塩澤寺は甲府市の北西部、湯村温泉郷に位置しています。この辺りは中世には「志麻庄(しまのしょう)」という荘園であったため、湯村温泉は古くは「志麻の湯」と呼ばれていたそうです。1200年ほど前に弘法大師が開湯したといわれ、「武田信玄の隠し湯」としても知られています。また太宰治が執筆のため滞在した宿もあることで有名です。
塩澤寺も弘法大師が808年に諸国行脚された際にこの地に立ち寄り開創したとのこと。その後955年空也上人が開扉仏を建立安置したことから塩澤寺の歴史が始まりました。

参道から見る塩澤寺
地蔵堂は国指定重要文化財に指定

年に2日間だけ厄払いの願いを聞き届けてくれる大祭

毎年2月13、14日は「厄除地蔵尊大祭」で、この2日間は参拝者の願い事を聞いてくれると言われており、通常は県内外から10万人という大勢の参拝者が訪れ、露店も100軒以上も連なるとても大きな祭でありかなりの賑わいをみせます。特に山梨(甲府近郊地域)では“厄年”にあたる人はこの大祭にお参りに来て厄除をする人が多いです。
それくらい“厄除け”、といったら“塩澤寺”というように知れ渡っています。

大祭用に設置されたスロープ
地蔵堂

コロナ禍で通常の大祭とは違いましたが、新型コロナウイルス感染が収束し、そして大勢の人の波でごった返す「厄除地蔵尊大祭」が再び戻ってくることを切に祈るばかりです。

「南無地蔵菩薩」の旗がたくさん!
露店もあって祭りの雰囲気がありました!

福田山塩澤寺
   甲府市湯村3−17−2
甲府駅から路線バス利用、「湯村温泉入り口」下車 徒歩約10分
ホームページ:http://www.entakuji.jp/index.html

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“大神(だいじん)さん”で親しまれる「節分会」 春の訪れをつげる甲府の恒例イベント

甲府盆地に春の訪れを告げる「大神宮祭」

2月4日は立春。暦の上では春なのですが甲府は寒い日が連日続いています。例年より妙に寒く感じるのですが・・・
さて2月3日は言わずと知れた“節分”。甲府では毎年恒例の「大神宮祭」が行われました。
残念ながら新型コロナウイルス感染拡大のため、規模は縮小しての開催でした。本来なら露店も立ち並んで賑やかに行われるのですが・・・、残念です。

2つの大神宮

“大神(だいじん)さん”で親しまれているこの節分会は、天照大神を祀る「柳町大神宮」と、豊受大神を祀る「横近習(よこきんじゅ)大神宮」があり、450m程離れています。
この間を御神輿を担いだりするのですが、感染防止のため軽トラックの荷台へ乗せて運ぶという、コロナ禍でも安全を確保し出来る範囲で実施してくれた実行委員会の方々には感謝です。
またエリアを限定して、だるまや熊手など縁起物も販売されていたので買い求める人も少なからずいました。

柳町大神宮拝殿
やや大きめの大神宮の提灯に灯が灯る

伊勢信仰を現代に伝える

この2つの大神宮は武田信玄父、信虎がつつじが崎館を構築する際に、横近習大神宮は伊勢から武田城下に勧請、また柳町大神宮(本来は神明社という)は石和から遷座させたもので、その後甲府城築城に伴い浅野長政が両方とも現在の場所に遷座したようです。節分には年男が鬼の面をかぶり街へ繰り出す大神宮祭は江戸時代から親しまれています。
柳町大神宮と横近習大神宮と両方を参拝すると「お伊勢参り」と同じ効果があると言われてもいます。

横近習大神宮
境内の札所でお守りや熊手など販売

ちなみに横近習という名、「よこきんじゅ」と読む(「よこきんじ」という場合もあり)のですが、難しい名ですよね。この大神宮がある昔の町名が「横近習町」といい、隣接する通りが東西に走っていて「横近習町通り」と言います。江戸期に幕府の近習(主君に仕える側近)の屋敷があったことから地名になっています。
そのすぐ西側には「竪近習(たつきんじゅ又はたつきんじ)町」がありました。さらにそのすぐ南側にある町、「山田町」というのですが、これを「ようだまち」といいます。「やまだ」といってしまいますよね。また東側には海産物を扱う「魚町」があったことから「魚町通り」もあります。

横近習町通りの看板と横近習大神宮
ローマ字表記は「よこきんじゅまち」
たつきんじゅまち通りの看板
すぐ東側にある「魚町通り」

ミニだるまを買いました!

横近習大神宮で売っていた「ミニだるま」。オーソドックスな赤色もありましたが、白色を買ってみました。他にも黄、緑、ピンクなど色とりどりのだるまがあって楽しいですよね。
ちなみに1個300円でした。
来年は以前のように大々的に節分会ができることを祈っております。

白色のミニだるまを買ってきました
黄、緑、ピンクなどのだるまもありました

柳町大神宮:甲府市中央4丁目5 (甲府駅から徒歩15分)
横近習大神宮:甲府市中央2丁目7−23 (甲府駅から徒歩11分)

甲府大神祭:https://www.city.kofu.yamanashi.jp/welcome/saijiki/daijin.html

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武田信玄にまつわる「夢見山」伝説  信玄は曽我五郎の生まれ変わり? 戦の吉凶を占う?

甲府市の愛宕山にある「夢見山」

数々の伝説が残る「夢見山」

「夢見山」は甲府市の愛宕山の北部にある標高439mの小高い山。現在は山梨県立愛宕山少年自然の家とこどもの国の施設エリア内の遊歩道沿いにあります。歌川広重「不二三十六景」の「甲斐夢山裏富士」として描かれ、甲斐八景の「夢山春曙」として歌に詠まれたりもしています。絵に描かれ、歌にも詠まれる風景の美しい夢見山がどんなところなのでしょうか?

安山岩の岩山。足元には注意必要。
すぐに頂上。看板が立っています。
歌川広重「甲斐夢山裏富士」
夢見山からの富士山

そもそも夢見山の伝説とは何なのか?

信玄生誕時の伝説として以下のような伝説があります。
1521年、今川家の福島正成の軍勢1万5千が甲斐に侵入し戦となりその戦況を父信虎が夢見山でうかがっていると急に眠くなり石を枕に寝入ってしまった。すると夢の中に現れた男が「今、甲斐国主として誕生した男児は曽我五郎の生まれ変わりだ」と告げた。すると城から若君(信玄のこと)誕生の知らせがあり喜んだ信虎は勝千代と名付けたという伝説。しかし勝千代の右手が握ったままで開かず、天桂和尚に相談したところ「城の東にある池で洗えば手は開く」とのことで言われたとおりにすると手は開き、中から金龍の目貫(刀剣の柄を留める目釘に付ける装飾)が出てきた、というもの。(異説もあり)
ところで曽我五郎って知っていますか?

甲斐惣社八幡神社に建つ夢見山伝説の説明

曽我五郎は鎌倉時代の仇討ちで有名だった。

曽我五郎について調べていたら、山梨県立博物館のイベントで「曽我物語図屏風」の展示が行われるとの情報を得て、早速行ってみました。まさにグッドタイミング!

山梨県立博物館で2022年2月21日まで開催中

昔、伊豆の国で曽我兄弟(兄:十郎祐成、弟:五郎時致)がお家の領地問題で父(河津三郎祐重)を工藤祐経によって殺されてしまった。幼かった兄弟は復讐を誓い、兄十郎22才、五郎20才になったとき源頼朝が1193年に富士の裾野で1ヶ月行った「富士巻狩」で仇討ちを遂げた。兄十郎はその場で打ち取られ、弟五郎は鎌倉へ護送中、静岡の鷹岡で首をはねられたのだった。
父の仇討ちの話を聞いた頼朝が曽我兄弟の意志に感心して富士市に「曽我八幡宮」を建てた。近くに「曽我寺」もあり今でも供養祭が盛大に行われているそうです。
日本三代仇討ちの一つで仇討ちのはしりとなった事件。
(江戸初期:伊賀越えの仇討ち、江戸中期:赤穂浪士討入り)
この話は語り継がれて南北朝時代には仮名本「曽我物語」となりさらに能や浄瑠璃、歌舞伎の題材となっておびただしい数の作品が世に生み出され人気を博したそうです。

大泉寺の武田三代の五輪塔のそばに「曽我兄弟供養塔」があるのは信玄が戦場で見た夢で曽我兄弟から供養をたのまれたなど諸説あります。(大泉寺は夢見山のすぐ西側にあります)

大泉寺境内
武田三代のご廟所
曽我兄弟の供養塔

信玄が戦の吉凶を占った伝説

信玄が戦の伝説として以下のような伝説があります。
信玄が夢見山の山頂にある大きな石に腰を下ろし眠っていた。
すると夢の中に、三味線を1曲奏でてくれるという美女が現れた。しかし弾き始める前に目が覚めて気がつくと信玄の体中に蜘蛛の糸が巻かれていた。それ以来、蜘蛛はいつも信玄の枕元に現れて、戦の吉凶を占ってくれたそうです。
夢見山にはいろいろな伝説がありますが、それだけ昔から世に知られた山だからでしょう。

夢見山麓にある稲荷神社(大泉寺東側)
夢山稲荷尊と書いてある

信玄と曽我五郎の関係は?

曽我五郎がどういう人かは分かりましたが、なぜ信玄が曽我五郎の生まれ変わりというのでしょう?いろいろな見解がありますが一つには武田信光(石和五郎)以来、武田家は幼名で五郎を名乗らすことが多い(信昌、信縄、信虎など)ことが、曽我五郎に結びつけて語り継いだのではないかと思われます。


大泉寺
甲府駅北口からバス5分・「武田3丁目下車」バス停下車徒歩10分
https://kofu-tourism.com/spot/174

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